ナナシノ()希薄を見て3。ネタバレ含む感想。東日本大震災と他人事。

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「この世界に生きる当事者として、そこにある事実とそこにいる人間に向き合い続けろ」



 

 

メタ構造。メッセージを伝える仕掛け。


舞台のネタバレと、東日本大震災と、わずかに性暴力に関する表現が含まれます。
ご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


会場に入ってから観客が各所に仕込まれた仕掛けに気付いたその瞬間に当事者になってしまう。

 

各所で観客が舞台の中に引き込まれる。世界の中に連れて行かれる。想いを身に受ける。


そういう意味では舞台に巻き込まれるといっていい。そういう意味で舞台、小劇場というコンテンツの強みを最大限活かしている。これほどのものは見たことがない。

 

 

 

具体的に気がついたものをいくつか言おう。

 

外から施設内へ降りていく階段には掲示板がある。それは避難所で被災者が情報交換しているものをイメージしたものだ。ここはどこなのだろうか、そんな疑問が浮かぶ。

 

ロビーから会場に入れば、そこは一面の青だ。

海だろうか。しかし白と黒のインクが撒き散らされている。

掲示板を見ていれば、ここが避難所のようだ、と気付くかもしれない。

しかし、この青はブルーシートの青だ。避難所と同時に遺体安置所を思い出させる。

そういう舞台なのだ、と。そういう演出なのだ、と。

 

 

理解した矢先、舞台開演前の注意が行われる。

 

そして開演時間になると主人公が開演前の注意を再度行う…。

最中に緊急地震速報の音が鳴り響く。

この速報音は誰もが現実に戻ってしまうような効果があるようにも思える。

主人公は舞台作家なのだ。開演前の注意をしている間に地震が発生している、という場面であり実はコレ自体が演出だ。どこからどこまでが現実で、どこからが舞台の内容なのか。わからなくなっていく。

 


劇中「テレビの中で起きた出来事」というようなフレーズが多用され、

最後の演出も終演に自然に溶け込んでいく。

 

 


先に述べた掲示板の中には「女性の一人歩き、レイプ注意!」というものもある。

実はこれ、避難所でレイプ事件が起きたという事が劇中で語られる。

重要なシーンの重要な内容なので伏せるが、ままならない理由で起きたそれは多くの人物を傷つける。

 

なぜそんなところに小さく一枚だけそのような注意書きがあったのか?

その理由に気がついた時、胸が痛くなる。

被災者が被災者を、被災者がボランティアを。なんでもいい。

とにかく起きてしまった悲劇は被災者へのイメージの低下を防ぐため、公にされなかった。

だからこそ、小さく。

 


実際に起きたことなのかはわからない。起きてなかったのかもしれない。

(だったらどんなにいいか)

ただ事件が起きていたら。同じようなことになっているだろう。公にされることなく被害者は泣き寝入りしているだろうし、誰かに言い出すこともできずにいるはずだ。

 

…そういった、メタな仕掛けがいくつも用意されている。

どれかに気がつけば、自身の思想や体験とぶつかりながら観劇することになる。

その上で演者の言葉のどれもがリアルな言葉に聞こえてくる。

劇を見ているのか、自分が体験しているのか、その境界線は極めて薄くなっていく。

 

 

画面の向こう側。ステレオタイプ

登場人物は被災者の代表であり代弁者なのだろうか。

劇中には様々な立場の人間が出てくる。

被災者と一口に言っても、被災した人。前を向いている人。逃げたり前を向いたり、今は逃げている人。ずっと受け入れられない人。被災した人を助けていた人。

 

それらすべてを被災者のステレオタイプと扱うこともできる。

 

でもそこに人格を感じざるを得ないほどリアルな感情が見えてくる。

誰もが誰かしらの言葉に共感できる瞬間がある。それがこの舞台を現実に近づけている。

 

個人的には兄の最後の登場シーンの言葉が喉元に刺さった骨のように、すぐに飲み込めなかった。

知ってる感情がそこにあるという事実がすぐに受け入れられなかった。

 

画面の向こう側の出来事や、他人事にしておけないような体験を、何度もさせられるのが「希薄」という舞台だ。

 

メタ構造を巧みに用いて観客は舞台装置になっていく。そこまでして何を表現したかったのか。

 

 

上演期間中、私自身希薄というワードでエゴサーチを続け、見た人と感想や意見を話し合っていくなかで見えてきたものがある。

 

震災における悲劇は防げたものもあるし、防げなかった部分もある。

防ぐ事に関する情報は常に人々は忘れるべきでない。つまり、風化すべきではない。

だが、その痛みそのものは忘れ去られる権利があるのではないか。風化していってもいいものなのではないか。

でなければ一生痛みと付き合うことが義務として強制されることになってしまう。

毎年3月に震災が、震災が、と騒いで次の週には忘れ去られていく。

「絆」とか「頑張れ」って言葉を言うだけ言って終わる。

いま、被災者はステレオタイプとして、一年に一回消費されるだけのコンテンツ化…感動ポルノと同列の存在になりつつある。

 

彼らをステレオタイプとして扱ったり画面の向こう側から叩くことで見えなくなっていくものがある。

 

被災された方のそれぞれの感情と事実だ。

東日本大震災を他人事にすること、想像することや知ることをやめてしまうことが、
彼らの心を傷つけていく。

 

私がこの記事を書く1年前の2017年、とある事がきっかけで親族が被災された方に被災の怒りをぶつけられた。

癒えることの無い破壊と喪失の体験は、現在進行形で続いている。

(あの人の痛みが少しでも楽になってくれればということを願わざるを得ない)

 

 

これから必要になるのは身を守るための情報と、彼らの感情を守ることなのではないか。

 

9月12日という3月11日から6ヶ月後、つまり半年後…一番その記憶から遠い日に開演された「希薄」に込められたメッセージの一つに含まれていてもおかしくないはずだ。

この「他人事にせず向き合う」ということは現在ネットに蔓延るさまざまな問題の突破口になりうる、ということも忘れてはならない。


被災者という名前の人間はいないのだ。

名前と人生と家族を持った1人の人間がたくさんいて、それぞれの形で被災した。

もしその人達と出会いその人が事実を語ることがあったなら、その声と想いを画面の向こうに置き去りにしてはいけない。

 

 


この世界に生きる当事者として、そこにある事実とそこにいる人間に向き合い続けろ。

 

「希薄」から、そんなメッセージを受け取った。


私はそれを”画面の向こう”にこうして送り返そうとしているのだが、

もしもこの文を読んだあなたに何かしらの思いを届けられたなら、少なくとも開演初日に私がサンモールスタジオにいたことは無駄ではなかったと思う。

 

 

ナナシノ()希薄を見て思うこと2。復興の終わり。

 

 

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終わらない。復興なんて、終わらない。

 

 

失ったものは何にも戻ってこないのだから。
同じものは一つもないこの世界で、それは取り戻すことができるのだろうか。そんなことできるわけがない。

大事なものを失くしたその人が生涯を終えるその時も、復興なんて終わらないのではないだろうか。

復興が持つ意味が”ふたたび元のように栄える”ことなら、それはいつかやってくるだろうけど。

癒えない傷はいつまでたっても癒えることなんてない。

復興の終わりはいつだろうか、いまそんな事を考えた時に見えてきたのは何年後なんて数字ではなかった。

その痛みの記憶が消えるまで。その記憶を持った人がいなくなるまで。

癒えない傷が多くの人にあるのなら、その人たちが全員この世を去るその日までこの痛みは世界に残り続ける。

それを誰かが元通りにするなんて、本人にすらできないことだ。

”復興”の中に失われた命は含まれていないし、失われた幸福は含まれていない。

そもそも、そこに個人の人格という単位が含まれていないんじゃないか。

これこそが復興の言葉の意味だというなら、恐ろしく血の通っていない言葉じゃないだろうか。冷たすぎる。なんてビジネスライクで、忖度的な言葉なんだろう。

 

外の人間が使う言葉だという意味を知ったような気がする。

ナナシノ( )『希薄』に見たもの。得られた一つの答え。

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マスコミ。ボランティア。テレビのアイドル。違う世界からの言葉。
 

「頑張って。あなたは一人じゃない。一緒だよ。」といった言葉。よく使われる「絆」

これ、被災された方はどう思ってるんだろうか。

 

 

 

 

それに対して一つの解が示された気がする。

 

この舞台についていくつか説明しておくと、

東日本大震災を題材にした内容だ。

あかん人はここから下は見ないほうがいい。

 

 

 

 


お金がある。安定している。安全な所で休んで、そこからまた一日をはじめる。

お金と安定と安心から希望は生まれる。

その大半のリソースになるのは、家だ。

家があるから帰ってこれる。帰る場所がある。

家があるからどこかに行ける。仕事に行ける。

 

家が災害でなくなった瞬間に全部を失う、そこに残るのは貧困だ。

金銭的貧困、物理的貧困、精神的貧困の3つの貧困があると思うが、

被災された方は突然これら全てが貧困状態に放り出される。

 

書いてる私は金銭的貧困と精神的貧困の2つは経験したことがある。

歩いて普通に仕事をして普通に綺麗な服を着ている人が全くの別世界に見えたのを覚えている。

自分がいる世界はその世界ではないのだという感覚のなかで、

自分はこの世界における異物なのだ、ということも認識した。

”この状態を招いたのは全て自分のせいである”…そういう精神状態の中には希望なんてどこにもなく絶望がただ鎮座しているだけだ。

 

これよりひどい状態を想像することは出来る。

 

なぜ自分だけが生きているのかという後悔。

もっとこうすればあの人を助けられたのではないかという罪悪感。

それに対してどうすることもできないという隔絶。

痛みだけがその人の中で続いていく。

そんな痛みを想像することはできても体感することはできない。

そういう意味でどこまで行っても私は部外者でしかない。

他人事のその先にたどり着くことができない。

私がどんなに相手に寄り添いたくても、その痛みを分かち合いたいと思ってもその本当の痛みを知ることができない。

それが無力を感じさせて、悔しくてたまらない。

 


けれども、それは私の中での私の感情の話でしかない。

私は家を流されていない。私は家族も友達も知り合いも失っていない。

(生まれが原因で私が失くしたものや手に入ることのない一般的なものは数多あるけれども)

 

その時点で、自分を”持たざる者”だと思う人から見れば私は”持っている者”になってしまう。

”持っている者”が何を言ったって、同じ心境になんて立てないし、立ってほしくない。わかってほしくもない。

”持たざる者の感情”を持った瞬間に持っている人の言葉は全て聞こえなくなる。

嘲笑っているように聞こえるときすらある。そんな時は攻撃的にすらなるし、相手も同じ立場になればいいと思う。同じくらい不幸になればいいと思う。

怒りと悲しみと僻みとどうしようもない絶望…

私が街行く人に抱いた感情に似たものが、被災者とそうでない人の間に生まれることがあるのだと、とあるシーンに一つの回答を感じた。

 


私の過去の話。
 

かつて私自身が、些細なきっかけで被災者の方に自らの体験を交え突然怒りをぶつけられた事がある。

 

 

親族を亡くした方だ。

「俺に比べればお前の不幸やお前の失ったものは大したことはない。俺が失ったものは帰ってこない。だって死んだんだから。お前はなんとでもなるだろ。なんか言えよ。この話をするとみんな黙るから俺はこの話はしたくないんだ」

 

それに対して、私は何も言い返せないわけではなかった。

 

その時私はこう考えていた。

客観的な不幸と、主観的な不幸は一致しないのではないか。

心を引き裂かれるような悲しい体験が必ずしも目に見えることがないように。

心の痛みが目に見えないように。

不幸は個人の主観でその大きさが決まるのではないか。

 

だとしたら、他者が客観的な不幸から個人の不幸や痛みの大小を判断することはナンセンスだ。というような事を言い返そうか。


しかし、それを言っても暴力にしかならないと思った。

だからこそ、黙っていた。そのまま向こうの怒りは収まらず縁切りを言い渡された。

希薄を見た今だからこそ考えられるのは。

 

あのとき、あの人の言葉の矛先は私を含め、被災していない不特定多数の人々に向いていたのではないかと思う。

「親族を亡くしたという悲しみ」だけに終わらない何かがそこにはあったのかもしれない。

その方が背負ってきた被災者というレッテル全てに対する怒りをぶつけられたようにも思う。

 

彼らの怒りや悲しみはいつか消えるのだろうか。

時間が解決してくれるのだろうか。

そんなやり場の無い感情が彼らを持たざる者に変えてしまうのなら、きっと彼らにとって持っている者の言葉が届くのはいつになるだろう。

 

彼らのやり場のない感情がどこかに出ていったとき、私たちは少しでも彼らの世界に近づけるのだろうか。 


そもそもそんなときが来るのだろうか。


それぞれの不幸や痛みはこれからずっとそれぞれが抱えていくものだ。

痛みは自分ですぐに消すことができない。

誰かが痛みを消すこともできない。

それでもその痛みが止まらないなら、少しくらい吐き出す先になれたらいいと思う。

もしも彼らが話す相手を求めたなら、その時初めて何かができる気がする。


それは他人事ではないという認識があって初めて出来ることではないか。


ならば、他人事という認識が変わる日までは、お互いがお互いに向き合うことはできない。



今できることはこの認識を変えていくことのみ、なのかもしれない。



確かにあの日から日本は2つに分かれてしまったのかもしれない。
 

引かれた線のあっち側とこっち側。

あっち側のものだから関係ない。

…そんな認識は、変えられないだろうか。

全ては線のこっち側で起きているのだ。

そう考えられたとき、想像することはできる。

知ることができる。向き合うことができる。


関係のないあっち側になった途端、その裏で起きているどうしようもないことに目を向けることも難しくなる。


”他人事”が少ない世界は、今よりちょっとだけ優しい気がするのだ。


希薄が描いたもの、込められた願いはここにあるのかもしれない。